飯 WON'T SAVE ME(「おいしいごはんが食べられますように」を久しぶりに読んで)

私の"癖"にぶっ刺さる本に時々出会う。「おいしいごはんが食べられますように」はその一冊で、久々に読み返したところ、より癖に食い込んだので、ここにその気持ちを残しておく。

 

この本に出会ったときのことをよく覚えている。近所に好きな本屋さんがあって、ただ暇そうにぶらぶらしていたところに、なんだかかわいいカバーが目に飛び込んできたのだ。

「おいしいごはんが食べられますように」とあるから、私のように、ご飯を楽しく・みんなで・仲良く食べる行為に意味を見いだせない人間には関係ないかと思ったけれど、帯には「今年最高に不穏な職場小説」という文章がある。

不穏……このタイトルで不穏とはいったいどういうこっちゃ、と思って最初の数ページを読む。

最初の描写は、ある会社の支店長が部下を誘って昼飯に行くところからはじまる。支店長は「飯はみんなで食ったほうがうまい」という思想の持ち主であり、部下たちは弁当などを持ってきているにも関わらず、支店長の号令と共に暗黙の強制で昼飯に同行する様が描かれている。

その後、二谷という物語の主軸になっている男の、飯に対する心情が語られる。既婚者の上司の弁当を見て何やら不穏なことを語っていくのだが、飯が美味しくて、誰かが作ってくれるなんてハッピーみたいな「よくある話」とは真逆の心情が語られていくさまは、このタイトルを皮肉っているようで爽快だった。私もそういう不穏な気持ちに支配されて日々飯のことを考えている節があるし。

あーなるほど好きです、と思って速攻購入したわけです。

 

主軸の人物は、この二谷という男と、がんばり屋さんだけど毒のある面も持ち合わせ物語の中でも存分にそういう心情を見せてくれる押尾さん、そして芦川さんという「ケアされる側代表」みたいな人物が出てくる。

芦川さんの行動を中心に二谷や押尾さんが様々なことを思って、行動したり思ったり評価したりするのだけど、総じていじわる。だけど、そのいじわるなところが妙に私に馴染んでくる。すっと理解し共感することが出来る。そんな私もとってもいじわるだな、とも思う。

芦川さんの心情は語られないのだけれど、芦川さんの思考はきっと反吐が出るほどの美しい世界なんだろうな、と二谷と押尾さんがじんわり思っているであろうと想像できる。それがいい。きっと芦川さんの思考を知ったところで、私もひとつも理解できないだろうなと思う。理解は出来ないだろうけど、私にも芦川さんみたいなところがあるな、とも思う。周囲が勝手に気を遣うような暗黙知を醸成してしまった瞬間を思い出すと、きっと芦川さんにも葛藤があるんだろうなとか、察せる余地も大いにあるように思う。

そして、読み進めていく度に二谷の矛盾した行動がどんどん描かれていくのだが、それがまた人間らしくっていい。歪んでいていい。二谷の中に抑圧された気持ちが淡々と語られていくさまは、読んでいると不思議と落ち着く。押尾さんも、客観的に見れば陽キャなのかもしれないが心の中は不穏で、矛盾を抱えながら生きているところが垣間見れていい。

物語の中で、芦川さんが作る美味しそうな料理がたくさん出てくるのだけど、どれも不憫な扱いを受けていて、それが、私のような飯にハッピーな物語を望んでいない人間にとっては救いのようにも感じてしまう。飯に対してハッピーな気持ちで日々接している方々にとっては、ただ胸糞な描写なのかもしれない。

私は子供の頃から飯の場が苦手だった。食卓でも日々黙々と飯を食い、母親の愚痴を一方的に聞き入れ油断していると嫌味を言われる場でしかなく、未だに喋りながら飯を食べる行為が苦手だ。飯を中心に不穏なエピソードばかりが積み重なって生きてしまったが故、飯に対してハッピーな想像が出来ないまま大人になってしまった。おいしいごはんを食べたい気持ちはもちろんあるが、一人で食べたい。誰かと食卓を共にしたくない。誰かと飯を共にしないと心のうちを知れる機会も作れないのか、と飲み会やランチに誘われる度に嫌気がさすし、マスメディアが飯の話ばっかりしているのを見ていると、途端に興味が失せグロテスクだなという気持ちでいっぱいになる。

そういう人間には、飯が不憫な扱いを受けているのが妙に嬉しくなってしまうのだ。いじわるです。

 

作者の高瀬隼子さんは私と同い年で、過去に読んだインタビューで金原ひとみさんに言及していたこともあって、ルーツが似ているかもしれないなんて思ったりした(私も金原ひとみさんの小説を若い頃読み漁った)。

日常の違和感を淡々と表現し心情を語っていく登場人物たちは、理解から共感までの時間が短い。日々悶々とする場面の捉え方がしっくり来る感じというか「悪気がない悪気」に対する描写がとても好きだなと感じる。

 

 

ここからは勝手に高瀬さんと著書の紹介をしていきます。

人物の欄が簡素すぎるWikipediaです(でも味わい深いエピソード)。

ja.wikipedia.org

 

悪意のない悪意を受けての不穏な心情を捉えているこちらも好きです。

 

いい子の腹の中にあるむかつくなあの気持ちが強めのこちらもおすすめ。

 

ハゲの話という不穏で突拍子もないお話。コロナ禍を経験した我々は読んでみるといいです。

 

こんな提案をされたら嫌だな、という不穏なシチュエーションのお話です。

 

この本だけ読めていないので近々読みたい。

 

 

お題「この前読んだ本」